蒼夏の螺旋 BITTER & SWEET' NIGHT
 


見渡した限りの視野の中には、
どこにも見えやしなかったけれど。
遅くなってからでも どこかに昇ってはいるものか。
月光の青が滲んだ夜空の藍が、
暗闇に黒々と塗り潰された建物の上、
別枠で広がってるのが見てとれる。
ここが一番ひどいぞと、その損傷ぶりを競い合うよに、
身体中のそこここで、ぎちぎち軋んでた痛みがあって。
痛い痛いと大騒ぎをした方がいいのかもしんないが、
そんなことをすれば、
まだ息があること、相手に拾われてしまうから。
若しくは、善良な市民の誰か様が、
それは堂々としかるべきところへ通報してしまうから。
夜の凝
(こご)った闇の中、
身を縮め、息をひそめて、ただただやり過ごすしかない。

 「〜〜〜。」

追っ手にもいろいろあって、
こんな身になった国からの追っ手、
あの…そりゃあ麗しい女闘士様ならともかくも。
どっかの組織の放った猟犬だった日にゃ、
研究対象として切り刻まれちゃあ、あっと言う間に回復するさま、
観察されまくる恥辱の日々が待ち受けるのみ。
それはちょっとご勘弁ということで、
素性を隠したそのまんま、闇から闇へと渡り歩くのが常となり。
内緒ごとを隠し合う間柄の者同士、時には助け合うこともある。
いやいや、正確には“利用し合う”って言い方のほうが正しいか?
困ってるときはお互い様…というよりも、ギブ&テイク?
こちとら、貸しはその場で返す主義なんで、
大事な取引とやらを妨害されないよう、
商売敵のならず者を引きつけとく“目眩まし役”を頼まれたんだが、

 「…さんじ。」
 「ああ、もうちっと待っててくれな?」

手加減てものを知らない連中だったのは、
そっちの筋の抗争がらみって荒っぽさからか。
それとも、

 “まさかとは思うが、俺らを追ってる連中が混じっていたか?”

不老不死という不可思議な特性をもつ身だってこと、
どこで知るやら目ざといのがいて、
そのまま執念深く追い回して来る連中がたまにいる。
高みから落ちたり車に当たったり、
爆風に撒かれたりして とんでもない大怪我をしても。
土砂に埋まっても大水に呑まれても、
炎に撒かれて建物もろとも押し潰されても。
数分から 遅くとも数時間で、
元通りに回復しちまうとんでもない身だ。
世間へばれたら一大事だってんで、
誰の目へも留まらぬよう、こっそり隠れてるってのに。

 「〜〜〜。」
 「…もうちっとだからな。」

痛みが随分と和らいだ。
へたり込んだ身を凭れさせてる壁の冷たさ、
背中にはっきり感じるからには。
暴走車に叩きつけられ、切り裂かれてしまった大傷も、
今は何とか塞がっているのだろう。
身体が気怠くも重かったのも随分と癒えた。
服が重いのは、したたった血の量が半端じゃあなかったからのこと。
失血も戻ったか、意識もだいぶはっきりして来たし。

 “早いトコしゃんとしなくちゃあな。”

ほんの昔の俺だったなら、
見つかりゃ それもまあいっかなんて、
あっさり諦めていたかもしれない。
奇妙なもんで、
どれだけでも生きていられる身になった途端に、
すぐ明日のことばかり、
毎日案じなきゃあならなくなった皮肉に気がつき、
そうまでして一体何を守っているのか、
疲れたせいもあったのだろう、もうどうでもよくなってた頃合いへ、
転がり込んで来たのが……この坊主だ。
  生きてんだか死んでんだか はっきりしねぇ身で、
  それでも情けをかけたからには。
“生きよ”とチャンスを与えたからには、
最後まで面倒見ねぇと片手落ちだろと。
誰へでもない下手な言い訳、つらつら並べてたその裏で。
何とも目映く、前向きでお元気な、
お天道様みたいなこの子に、それはそれは救われたから。


  ―― 誰にも見てはもらえない、誰にも知られちゃあいけない。
  そんな永遠の孤独、やっとのことで終わらせられたから。


柔軟な子で、すぐにも自分がどんな生き物になったかを悟り、
それでも笑っていてくれた。
そんな身にしたこの俺を、大好きだよと甘えてくれた。
首でも落ちない限りは死なないって言ったのに、
今みたいに大怪我すると、
息を詰め、じっとじっと寄り添っててくれて。
日頃は泣かないのを、埋め合わせるみたいに、
息を殺してすすり泣くルフィだから。

 “この子が怯えるばっかじゃねぇか。”

どんな怪我を負っても死なねぇなんて、
何の足しにもなりゃしないと。
だからと、あんまり無茶はしなくなった矢先だったのに。
足元に広がる血だまりも、冷え冷えとした夜気に凍りかかっており。
顔や手には、乾き始めた血糊が黒々と汚く張りついていて。
リアルな惨劇ばかり、一体幾つ見せて来たことか。
それだけが今の俺には一番の嘆き。
もっと要領よく逃げんとなぁと、
今日の無様を反省しつつ、
何でもなかったかのように振る舞う俺へ、
健気にも調子を合わせてくれるのだろうルフィが、でも今は、
悲しいのか辛いのか、肩を震わせ泣いているから。
体が動くようになったらば、まずは何してやろうかと、
楽しい企み、巡らせて。


  「…ほら。もうちょっとだからな?」
  「〜〜〜。」
  「コテージに戻ったら、そうだ、ケーキを焼いてやろうな。」
  「…ケーキ?」
  「ああ。それともスフレがいいか? ほっかほかの柔らかいの。」
  「……カスタードのスフレがいい。」
  「よっし、判った。」


だからもう泣くなな?
頭ぁ撫でてやりてぇが、今はちょいと手が汚ねぇから、
これもコテージに帰ってシャワー浴びてからだな。
んん? 何だ? いきなり離れやがって。
怪我? 背中以外?
いや、あったとしてももう塞がってると思うが。
ほれほれ、腕も手足もこんな動くし。
さぁってと、ほんじゃあ帰ることにすっか。





  〜Fine〜  09.02.09.


  *時々唐突に書きたくなるのが、
   ちょこっとスプラッタではありますが、
   不死の身で逃避行中のサンジさんとルフィです。
   今回のはきっと『屍姫』の影響もあるのでしょうね。
(う〜ん)
   世界中にたった二人きり。
   他は全部が追っ手に等しく、あんまり関わり合ってはならぬ。
   語らぬ部分もようよう判っていての、だから訊かないサンジさんと。
   小さなその身に精一杯の我慢を詰め込み、
   泣きたくなっても…それはサンジへの責めになるからと、
   無邪気なまんま、でも、中身は子供じゃなくなっていて、
   繊細な機微もたんと判ってるルフィと。
   柄じゃあないのに、こういう世界も書いてみたくなった夜です。


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